遺留分侵害額請求の基礎知識と対応方法

遺言で“長男にすべて相続させる”と書かれていた、生前に一部の相続人だけが多額の贈与を受けていた、このような場面で問題になるのが“遺留分侵害額請求”です。遺産相続では、被相続人の意思が尊重される一方で、一定の相続人には最低限保障される取り分があり、これが遺留分です。もっとも、遺留分が侵害されていても、黙っていれば自動的にお金が支払われるわけではありません。誰が請求できるのか、何を基準に金額を考えるのか、いつまでに意思表示をする必要があるのかを早い段階で整理することが重要です。
この記事では、遺産相続分野における遺留分侵害額請求について、制度の基本、請求の流れ、計算で争いやすい点、実務上の注意点を順に解説します。遺言や生前贈与に納得できない場合に、何から確認すべきかを把握するための入口としてご覧ください。
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1. 遺留分侵害額請求とは何かをまず整理する
遺留分侵害額請求とは、遺留分を侵害された相続人が、受遺者や受贈者に対して侵害額に相当する金銭の支払を求める手続です。現在の制度では、原則として不動産そのものの返還ではなく、金銭請求が中心になる点を最初に押さえる必要があります。
遺留分侵害額請求はどんなときに問題になる?
典型例は、“特定の子に全財産を相続させる”という遺言がある場合や、生前に一人だけ多額の贈与を受けていた場合です。その結果、他の相続人が本来保障される最低限の取り分を受けられないとき、遺留分侵害額請求を検討することになります。裁判所も、遺留分侵害額の請求は、贈与や遺贈によって遺留分相当額を受け取れなかった場合に利用される手続だと案内しています。
兄弟姉妹でも請求できる?
請求できるのは“兄弟姉妹以外の相続人”が基本です。したがって、配偶者、子、直系尊属が主な対象になりますが、兄弟姉妹には遺留分がありません。家庭裁判所の案内でも、申立人として“遺留分を侵害された者(兄弟姉妹以外の相続人)”が示されています。
物を返してもらう請求ではないの?
2019年7月1日以後に開始した相続では、遺留分の救済は“侵害額に相当する金銭の支払請求”が原則です。これは改正前の“遺留分減殺請求”と異なり、当然に共有持分を取得する構成ではなく、金銭債権として整理される実務に変わったという理解が重要です。法務省の改正説明でも、民法1046条1項により受遺者または受贈者に対して金銭の支払を請求できるとされています。
2. 遺留分侵害額請求は誰に対して・いつまでにするのか
制度を知っていても、相手方の特定や期限管理を誤ると請求が難しくなります。特に、調停を申し立てれば足りると誤解しやすい点、1年の期間制限を見落としやすい点は実務上の重要ポイントです。
誰に対して請求する?
基本的には、遺贈や贈与によって結果的に遺留分を侵害している人に請求します。遺言で多くの財産を取得した相続人、あるいは生前贈与を受けた者が相手になる場面が多いです。請求相手を曖昧にしたまま進めると、内容証明の相手方設定やその後の調停・訴訟で無駄が生じやすいため、遺言書、遺産の流れ、贈与の有無を先に確認することが大切です。
いつまでに意思表示をしないといけない?
遺留分に関する権利を行使する意思表示をしないまま、“相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年”が経過すると、権利は時効によって消滅します。また、相続開始の時から10年を経過した場合も同様です。相続発生を知っていても、侵害の事実や贈与の内容の把握に時間がかかることはありますが、期限は厳格に意識する必要があります。
調停を申し立てれば時効対策になる?
ここは誤解が多い点です。裁判所は、家庭裁判所に調停を申し立てただけでは、相手方に対する遺留分行使の意思表示にはならないと明示しています。そのため、期限が迫っている場合には、調停申立てとは別に、内容証明郵便などで“遺留分を請求する意思”を相手方へ明確に伝える必要があります。
3. 遺留分侵害額請求の金額はどう考える?
“いくら請求できるのか”は、相談でもっとも多い疑問です。ただし、単純に“遺言で多くもらった人から半分返してもらう”という話ではなく、法定相続分、遺留分割合、生前贈与、既に受けた利益、相続債務などを踏まえて考える必要があります。
金額は単純に遺産の総額だけで決まる?
そうではありません。民法1046条2項は、遺留分侵害額について、民法1042条による遺留分から、既に受けた遺贈や特別受益にあたる贈与の価額、相続分に応じて取得すべき遺産の価額などを控除し、承継債務を加算するという計算構造を採っています。実際には、預貯金や不動産の評価、生前贈与の範囲、債務の有無によって大きく変わるため、感覚ではなく資料に基づく試算が必要です。
生前贈与がある場合はどうなる?
生前贈与が遺留分算定の基礎に入るかどうかは、金額に大きく影響します。たとえば、共同相続人間で無償の相続分譲渡がされた事案について、最高裁平成30年10月19日第二小法廷判決は、一定の場合には民法903条1項の“贈与”に当たり、遺留分算定の基礎財産に算入され得ると判断しました。名目だけで外すのではなく、その移転に財産的価値があったかを具体的にみる必要がある、という実務上重要な示唆があります。

不動産しか遺産がない場合でも請求できる?
できます。現在の制度は金銭請求が原則なので、遺産の中心が自宅や収益不動産であっても、侵害額に相当する金銭の支払を求めることになります。もっとも、相手方に十分な現金がないと、一括払いが難しく、分割払いの交渉や不動産売却を前提にした調整が必要になることがあります。制度上請求権があっても、回収方法まで見据えて進めることが大切です。
4. 遺留分侵害額請求はどのように進めるべきか
遺留分の問題は、感情的な対立と金額計算の争いが同時に起きやすい分野です。最初から強硬に争うより、証拠の整理、意思表示、交渉、調停という順序を意識したほうが、結果的に解決しやすい場面が少なくありません。
まず何を集めればいい?
最低限、遺言書、戸籍関係、相続財産の資料、預貯金の履歴、不動産資料、生前贈与が分かる送金記録や契約書を確認したいところです。遺留分侵害額請求では、“遺留分があるか”だけでなく、“いくら侵害されているか”が中心争点になるため、財産資料の抜けがそのまま不利につながります。相手方の主張を待つ前に、自分側で資産と贈与の痕跡を整理しておくことが重要です。
相手が話し合いに応じない場合は?
当事者間で話合いができない場合やまとまらない場合には、家庭裁判所の調停手続を利用できます。裁判所は、調停では事情聴取や資料提出を受けながら、解決案の提示や助言を行うと案内しています。親族間の対立が強い相続では、いきなり訴訟を意識するよりも、まず調停で論点を整理することに実益があります。
相手から“そんな請求は認めない”と言われたらどうなる?
相手が任意の支払いを拒んでも、それだけで請求権が消えるわけではありません。問題は、請求の前提となる遺留分の有無、侵害額、対象となる贈与や遺贈の範囲、評価額の当否などです。言い分の強さではなく、法的根拠と資料の裏付けで決まるため、感情的な応酬に入る前に、条文と証拠に沿って主張を組み立てる必要があります。
5. 遺留分侵害額請求で揉めやすいケースと注意点
遺留分の争いは、制度自体よりも“例外的な事情”で複雑化することが多いです。長年同居していた相続人がいる、介護の負担に差がある、自宅不動産が大半を占める、相続分の譲渡や生前対策が絡むなど、個別事情によって見通しは大きく変わります。
“世話をした人が多くもらう”遺言でも請求はできる?
被相続人が介護や同居への感謝から、一人に多く残す遺言をすること自体は珍しくありません。しかし、その遺言が有効でも、他の遺留分権利者の最低限の取り分まで自由に奪えるわけではありません。感情面では納得しにくくても、法的には“遺言の有効性”と“遺留分侵害の有無”は別問題として整理する必要があります。
相続分の譲渡が絡む場合はどう考える?
相続人同士で相続分を譲ったからといって、直ちに遺留分の問題から外れるわけではありません。前記の最高裁平成30年10月19日判決は、無償の相続分譲渡について、財産的価値が認められる限り、譲渡人の相続において民法903条1項の贈与に当たり得ると示しました。相続対策として行われた名義の整理であっても、遺留分算定上は無視できない可能性があります。
2019年7月1日より前の相続でも同じ?
ここは注意が必要です。裁判所は、令和元年7月1日より前に被相続人が亡くなった場合には、現行の“遺留分侵害額の請求調停”ではなく、改正前民法に基づく“遺留分減殺による物件返還請求等”の問題になると案内しています。つまり、相続開始時期によって使う制度の整理が異なるため、まず死亡日を確認することが出発点です。
6. 遺留分侵害額請求を検討するときの実務上のまとめ
遺留分侵害額請求は、遺言や生前贈与に不満があるときに感情だけで進めると、期限や証拠の点で不利になりやすい手続です。相続開始日、相手方、意思表示の時期、遺産と贈与の資料、相続開始が2019年7月1日以後かどうかを先に確認するだけでも、見通しは大きく変わります。請求できるかどうかだけでなく、“いくらを、誰に、どの順序で求めるか”を整理することが、遺産相続の紛争を長引かせないための実務的なポイントです。

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